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JIMMYの街角TANGO日記

まぁ、とりあえず明日も頑張ろうぜ、ってことでミロンゲーロの道は続く

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遂に50代最後の誕生日を迎えてしまいました。
この一年はなんと言っても物価の上昇に落ち込みました。映画は八月に仕事を始めたので最近はあまり観に行く機会が減りましたが、その中で邦画では藤枝梅安の二部作は満足でした。月も良かったです。主要な役者四人とも良かったですね、メインテーマとは別ですがオダギリジョーの純愛に泣けました。洋画はパリタクシーくらいでした。ほんの数十年前まで女性の権利はこんなだったんだと唖然としました。
アニメでは葬送のフリーレン、これは異世界ファンタジー物でありながらドラマとしてとても面白いです。少年サンデーは全く注目していなかったですし、フリーレンの声優さんがスパイファミリーのアーニャと同じ、というのも驚きでした。
さてタンゴについては色々とストレスを感じる人間関係もあるし、失望する思いもあるのですが、結局は踊ることで生き帰るものです。水曜日の夜のミロンガは割と自由に選曲をして今まであまり上手く踊らなかったミロンガにも積極的に挑戦を続けたお陰で大分センスが磨かれました。結局はどれだけその曲に馴染むかということが一番大事ですね。こじんまりとした少人数のミロンガとも呼べない規模のものですが、毎回生き返る、なんだか熱心に信仰をしている人とタンゴは似たような感じがして、これがあったからここまで生きてこれたような気がしています。
ところで先日ダリエンソカップの審査員をしました。他人に点数をつけることには抵抗があったので、やりたくはなかったです。それとは別でダリエンソを踊るということがあまりよく分かっていないのかな、と感じる覇気の無さだったり、何でこの曲でそんな表情になるのか、というのが不思議に思う面もありました。そうは言っても何より参加した人たちは勇気のある人たちでそのことは尊敬します。というのを前提としてなのですが、先ずはダリエンソ楽団の演奏している動画を観るべきです。大所帯で圧倒されるのですがそれ以上に演奏する全力感がすごい。そして猫背気味のダリエンソの指揮、脳の血管が切れてしまうのではないかと心配になりますね。
初期のビアジがいた時代が一番いいのですが、大分雰囲気の変わった40年以降も名曲が山ほどあり、55年あたりからは重厚さが際立ちあまり好きでは無くなってしまうのですが、これはどの楽団もそうですから仕方ないですね。それでもダリエンソは70年代にも幾つか名曲を残してくれてそこはすごいですよね、ミドロールは長年30年代の曲だと思っていましたから。
ダリエンソを踊ることにまつわるエピソードを二つ話したいです。ラナシオナルというミロンガがありました。人気のミロンガでそこにはかなり高齢の男性がウエイターをしていたのです。その彼は仕事合間に踊っていたのですが、彼の踊るダリエンソは感銘を受けました。アブラッソはあまり美しいものではなかったのですが、全身全霊でこの曲が大好きなんだというオーラがすごかったです。ノリノリですね。俺はよく生徒さんに言います。童謡にある、ピッチピッチチャップチャップランランラン、なんの曲か分かりますよね。これをぴちぴちちゃぷちゃぷらんらんらん、と歌うとテンション低く暗くなりますからダメです。
そんな俺はある日、もう20年以上前のことです。ブエノスのあるグループレッスンでダリエンソがかかっていました。俺はステップがよく分からなくて、悩みながらやっていたところ、相手の女性からとても心配されて、ジミーどうしたんだ?何かあったのか?と聞かれました。いや別になんにもないけど、ただステップがよく分からないからそれを考えてた、と言ったらすげー叱られました。馬鹿かジミー、ジミーは馬鹿か、と勇者ヨシヒコでムロツヨシのセリフを彷彿されることを言われました。
今私たちはダリエンソを踊っているんだぞ、ジミーの感情はどこにいったんだ?というようなことを名もなき市井のおばちゃんに言われたのでした。これを初心者の頃に言われたのは良い経験でした。踊るということはその曲に出来うる限りシンクロしてその音楽を相手に伝えなければタンゴとして何も価値がないということを知る機会となりました。日本人の悪いところはやたらとマニュアルを知りたがるとこで、辻褄が合えば良くて沢山の技をらそこに繰り出されば尚良いと考えている、勘違いなのかもしれないけれどそんな印象です。
なので何故か、ゆったりした曲でもダリエンソのように踊っている人がいるのはおかしなことです。昔ある日本のミロンガで、ワルツが流れるとそばにいた男性が、俺様の高速ヒーロについてこれるかな?とかって言ってました。この発想は未だに共感出来ないですね。
とまあ俺はとかく他人に批判的な気持ちを持ってしまいがちなのは良いことではないです。ニーチェが言ってました、人生の目的はハエ叩きではない、と。ただ自分を磨いていくだけだ、と。この考えはいいですね。もっとそうなっていけたらいいですよね。
最後までありがとうございました。年内にまたなんか書けたら書きますね、
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高校生の時以来の広島です。前日土曜日にDJを当初頼まれたのですが福島ミロンガなので、イベント最終日遊びに行ってきます。
最近脅威に感じているのは、結構高齢の人が元気なことで、まずはローリングストーンズがアルバムを発表、ミックジャガーは80歳、ハリソンフォードのインディージョーンズも同じような歳で、今度観てみたい西部劇のロバートデニーロは大分印象が変わっている。もうすぐ70歳になる郷ひろみは見た目が全然変わらないですね。
その一方では一般庶民で高齢のサーファーやボディービルダーのニュースが流れるのですが、これは年金を払わない布石として操作しようとしているのではないか、と疑わしく不安にもなるものです。
俺は長い未来への希望はあまり考えることは出来ず、だから今踊ることが輝きのように感じています。
さて、話が変わりますが、19歳の時にバレエダンサーになる覚悟を決めたのでした。大学一年生でした。
ちなみに大学二年生の時にロッテリアでバイトをしていたのですが、そこの休憩所で女子高生に、奈良君何年なの?と聞かれたので、二年生だけどというと、えそうなのタメじゃん、と勘違いされたのはちょっと傷ついたのでした。
話を戻して、バレエ団の団長から心構えを伝えられました。一つ、親な死に目には会えないと思え。もう一つが、他の身の回りの人間と張り合うな、と。ただ自分の憧れる世界一流の人を目指して精進しなさい、と。他にも何か言われた気がするのだが忘れました。
周りと張り合うな、っていうのは素直に受け入れました。俺のような人間でも待ち合わせた数少ない合理的な発想ですね。そこのバレエ団には7、8年いたのですが、全く周りには興味を持たず自分のことしか考えていませんでした。まあそのお陰で人の気持ちというとのに鈍いことになってしまったのですが。あれから30年位経って少しだけ人の話を聞こうという気持ちになった感じです。
なんの世界でも人間関係が苦痛をもたらすものなのてますよね。タンゴでも人の好き嫌いで小さな都市なのに分裂をするものです。その一つの要素が身近な誰かと張り合って相手を嫌いそのミロンガには行かなくなる。ブエノスみたいに100人以上集まるミロンガなら何人気に食わない相手がいようが我慢できるのですが、日本ではそうもいかない。なので長年踊っている東京のミロンゲーロの知り合いは、今では月に一回しかミロンガに行かない。昔は無邪気に毎日のように何処かのミロンガに行っていたのに。まあ大概そうなるわな。
これは解決出来る話ではなくて、何故戦争はなくならないの、という考えにも似た俺にとっては無駄な考えです。
無邪気に世界平和とかってセリフを言う人には反感は感じないものの、おめでたいな、と呆れてしまう感情が湧いてしまうものです。
仲間だった人と別れることもあるし、そうなってしまうことには訳があるし、モンスター化する相手には手に負えないし、それが離れてくれたら落ち込むかと思いきや、逆に清々しいですね。長年我慢していて損をしたようなもんですが中々そこは見極めがつかないというか、自分なりに努力していたので。そこら辺のとこで自分が執着しないのは、自分主催のミロンガでは全員と踊るだけでやっと、ということがしばしばで、その点水曜日は皆んなと2、3回は踊れて満足です。
なので今のまんまで充分で、金儲けが目的なら俺は皆んなと踊ることをあまり楽しめない。
ホントタンゴの先生になんかはなるもんじゃないですよ、ただ楽しみたいのならね。
お付き合いありがとうございました。
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空気が美味しくて気持ちの良いこの頃ですが、世界ではイスラエルが大変なことになっていますね。ハマスが悪いことになっているような世論ではありますが、これは単純な問題ではなくて難しい。第二次世界大戦後に土地を大幅に奪われたアラブの人の虐げられたことなど、宗教だけの問題ではなくて、俺には答えがないです。
国内ではジャニーズのことが報じられ、長年の膿が今になってか、と世の中アンタッチャブルが色々あるものです。以前のニッサンのCMが個人的にツボで何故か爆笑してしまうのでしたが、キムタクになってがっかりしていました。俺だったらこう作る、というアイデアはキムタクがやっちゃえニッサンとのセリフの後に、ジャニー氏のユーやっちゃいなよ、とセリフを被せるとウケるんだけどなあ、などと妄想していたところ、今回の騒ぎです。まあ俺とは関係ないのでノーコメントです。
先日100円で買った又吉氏の人間という小説を読みました。久しぶりに魂を持ってかれる、えぐられる思い、自分を恥じる気分というか、中々の傑作でした。浅野いにお氏のマンガにちょっと似ている印象でした。
ところで二か月ほど前から昼間の仕事を再開しました。今回のところは気に入ってまして、何とか続けられそうです。福祉関係のことにも関わっていますが何でも屋みたいなところで室内では軽作業、米や野菜の販売、屋外では神社の清掃やら畑仕事をしたり、と楽しいし癒されます。
タンゴに関しては最近帰省した折に何ヶ所かミロンガに行き、懐しい人との再会など楽しみました。そこで観た風景には自分とは踊る楽しみ方が随分と違うのだな、ということでした。一曲の中に技を詰め込んでドヤ顔したおじさんが沢山いるのだなあ、という印象。プロの人にしても何の曲でもやたらと元気というかなんなんだろう、何の曲でもダリエンソみたいな感じ、これは東京だけの話でもないのだけれど。それはそうと相変わらず動きがデカ過ぎてムカつきました。そんなに周りから誉めてもらいたいのか、相手に喜んで貰えるように踊れよ、と思いました。アメリカも大概らしく先日ロスのミロンガでガラガラのミロンガなのに、1タンダで5回も同じ人にぶつかられた、と友人が話していました。そのぶつかって来た人は何かのコンクールのチャンピオンカップだって、躾のなっていないバカ犬か、ってね。
まあ昔ほど頭にも来ないというか確かにムカつくことはムカつくのですが、これも難しいことではあります。俺も何度もブエノスには行っていますが、何よりも激混みのミロンガで踊ることが一番難しかったですから。だからレッスンで教わることとミロンガで踊ることは全然別ですね。俺の場合は激混みだからこそ群衆の中に埋没することによって、二人だけの世界に行ける、という快感を知りました。特別素晴らしいステップは出来ても出来なくてもどっちでもいいです。パフォーマンスは観て楽しんでいればいい。だけどより繊細にもっと情感を込めるにはどうしたらいいか、そこはどこまでも追求していきたいですね。スタイルは違うのだけれど最近時々受けるダニエルとユウキちゃんのレッスンは凄く面白いです。そしてタンゴは自分のことは中々分からないもので、瞬間的な間違いは相手から指摘されないと分からないものです。だから相手からの声を聞けない人は上達が難しいですね、相手からの指摘くらいにありがたい言葉はないのですけれどね。そのことにだけは感謝です。
前回から少し経ちますが、感謝というのは出来るものではないなあ、日に数回はそんな気持ちにもなるのだけれど、そう出来るようになりたいものです。でもそれがストレスになって自分の神経をすり減らすような相手は無理して付き合うことはないですね、感謝することといい人のふりをすることは違いますから。俺はいい人のふりをして生きていくのは無理です。
最後までお付き合い頂きありがとうございます。
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ここのところニュースでは中古車屋の話と札幌ススキノが多く取り上げられてますね。札幌の方のはマスコミが面白がって細かい情報集めに躍起になっているように感じます。そんなことより物価が上がり続けている現状が深刻です。電力会社は値上げして、そして大幅に収益を上げたこと、そこら辺のことを注目するべきなのでは、と思うこの頃です。
前置きはこれくらいにして、最近考えているのは感謝ということです。感謝とは悟りを得る為の近道なのでしょう。踊っていると、これを続けてこれたこと、相手に対しての出会い、など感謝の気持ちは湧くものです。でも一日中この気持ちでいることは出来ない。どうしたらこの感情をより持続させることが出来るのだろうか。信仰を持っている人の場合、仏教徒ならば日に二回の読経を行う、だとか真面目なユダヤ教徒は一日中、教典を読んで勉強したり。そして自分にとっての対象に感謝するのでしょう。では自分はどういったアプローチをしたらいいのか、先ずは酒を出来るだけ飲まないようにすること、ルーティン通りの食事を三度する、これが基本ですかね。でもそれだけでは人間関係のストレスに負けてしまう。人間関係でストレスを感じることの原因の一つには、自分の思想、自分にとっての常識が当たり前ではないと気をつけないといけないと思います。仏教の説話で三人の盲人が、象とはどういう動物であるか、と議論します。それぞれが象の一部分だけしか触れていないので、最後には意見の違いで喧嘩になる、という話ですね。タンゴでも似たようなことは経験があります。ミロンゲーロスタイルが不当に下に思われ、コンクール用のスタイルが高く評価されている、と今まで何人もの人に文句を言われてきました。俺の場合、別に名前を売りたいわけでもないし、思うところはあるけれど、ミロンガのマナーさえ守ってくれるならなんでもいいし、自分が楽しくて相手もそうならそれでいいじゃないか、と思います。というか、ミロンガで違うスタイルの人と踊る時に、二人のアブラッソを作る、という意識があるかないか、そっちが重要ですよ。ここで相手次第、というところを抜けたいものです。そう感謝についての話でした。ついついですが、人は教えるのが好きな生き物でもあります。それもそうなのだけれど、どう踊れば相手に喜びが伝えられるか、自分の問題ですよね。
多くの人は笑顔が大事だと言います。それは分かっているのだけれど、自分はそれが難しい。周りには素敵な人が沢山います。どうしてこの人はいつも笑顔なのだろう、そこに興味があります。どうしたらあの人のようになれるのだろう。これが感謝に繋がる一つの要素と考えます。昔の人が、おもしろき事もなき世を、おもしろく住みなすものは心なりける、というのがありますね。西洋でもネガティブな感情は命を腐らす毒錆のようなものだ、というのもあります。
つまりは楽しい、面白い、嬉しいという気持ちの持続なのではないかと。幸いなことにタンゴは同じ曲をこれまで千回は踊ってきたけれど、もうこれは聴きたくないという気持ちにはならないですね。毎回ミロンガで同じ曲がかかればそれはちょっとやめてほしいとは思いますが、基本的には飽きないです。それが不思議だったのですが、斎藤一人さんの言葉に触れてその謎が解けました。人間のやることは最高でも78点です、と。どんなに最高の出来だったとしても22%の改善の余地があるということですね。仮に100点満点を出してしまったなら、その曲は封印します。でもそれはあり得ないことで、むしろ四半世紀も踊ってきて、ようやく少しまともに踊るということが出来るようになってきた程度なので、知らない曲がかかった日には60点を目標にすればいい。本当はランキングとか点数という考えには抵抗があるのですがね。つまりタンゴに限らずあらゆる芸事には、成長する喜びがあります。
俺はこれまで適当に手を抜いて踊ったことはないです。下手くそなお客さんだなあ、と思いながら愛想よくしながら、実は下に見て相手にしたことはないです。それをしたらもうタンゴは面白いものではなくなってしまい、ただの苦痛に満ちた割に合わない仕事、でしかなくなってしまうからですね。キリスト教では与えられることよりも与えることの方が喜びだ、ってのがありますよね。与えるなんてのは上から目線ぽくて反感を買いそうですが、これは言葉のあやで、真を込める、捧げるつもりだってことです。俺はそうすることで新しい発見や成長があるのでそうしているだけで、いい人ぶっているわけではないのです。タンゴセラピーというのがあって、お年寄りのいる施設でボランティアをすることがありますが、自分がいい人だからしているのではなくて、自分を言ってみれば磨くために参加しています。つまり必要だからしているのですね。
今自分が踊っている内容で充分楽しく満足していますが、まだ感じられていない、見えていないことが沢山あるのが分かります。ブエノスでは長く期間、オラシオゴドイのストーカーみたいにしていて、彼からも可愛がってもらったものですが、今でも彼の愛の深さ、ストライクゾーンの広さ、後者はいいとしても全然遠く及ばないです。正真正銘のタンゴバカです。白いワゴンにデカデカとTANGOとステッカーを貼っていましたが、俺は恥ずかしいと思ってしまいましたから、俺は凡人止まりだなあと思いました。
というわけでこれから益々年をとっていって、自信を失っていく可能性がありますが、以上のことを踏まえて踊り続けていきたいものです。
最後までありがとうございました。
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先日、数人の方からブログを更新して欲しいとリクエストされました。これの何が思いのかよくわからないのですが今日は休みなので久しぶりにお付き合いお願いします。
もう一年の半分以上過ぎてしまいましたね、タンゴ以外の楽しみは映画、読書、アニメがありますが、映画はここ一か月は暑くて外出が辛いので観ていません。驚いたことにRRR、まだやってる、これは笑ってしまう、一年以上ですね。3時間物のインド映画です。予告編を観るとあまりの荒唐無稽さに下らないのではないか、と感じてしまうのですが、まだ観ていない人でスターウォーズとか今やっているインディジョーンズやミッションインポッシブルが好きな、単純に娯楽として日常を忘れたいタイプの人にはお薦めします。ちょっとやり過ぎな部分もありますが単純な勧善懲悪なストーリーは退屈しないで三時間が全く苦痛でなかったです。
結構沢山観ていますが今年は今のところ、パリタクシー、これが一番良かったです。今月末に放映されるイランの映画、君は行く先を知らない、これが今年一番良かった映画になりそうな予感なのですが、まだ分からないです。今年になってゲイの話にまつわる映画が増えましたね、是枝監督の怪物、役者が素晴らしかったです。子役二人、子役と言うのが失礼な気がするくらいにあの二人は凄いなあと感心しました。でも結末には、ああなんだ、こういうオチをつけてしまうのかあとガッカリしました。今のところ号泣してしまいそうなのを抑えようとする気持ちになる映画は観ていないです。
読書ではそんなのに出会えました。これは数年前の作品で直木賞を取っている、馳星周の少年と犬。これは万人受けするであろう作品で余程捻くれた目線でいない限り泣くだろうな、と感じるいい話でした。ああ、あの不夜城の作者がこんなのを、という感慨もありました。
アニメは沢山あり過ぎるし、皆さんと殆ど盛り上がったためしがないのでやめときます。
さてと、タンゴの話をさせていただきます。先日タンゴ合宿をしてきました。そこで一番にやりたかったことがミロンガでの踊り方。コロナ禍で暫く廃業寸前、ミロンガは赤字続きでかなり辛かったのですが、今も大して人気もないのでそこはダメなまんまなのですが、イベントに顔を出す機会が増えて、混み合ったミロンガで人とぶつかってしまうことが殆どで、改めてミロンガでのマナーを考えて欲しいと切に願います。特にホームグラウンドのカフェティンは正方形だから難しいです。
自分は好んで行かない大きなイベント、知り合いに挨拶する時間の多さで苦手なのです。だから殆ど行かないのですが知り合いからはそこに参加してあまりのマナー、カオスにストレスだと言われます。
そんなことで、合宿での一コマのクラスでは、如何に狭い空間で楽しく踊るかということをテーマにしました。あまりにも酷いな、というのは東京で特に感じてきましたから今更なのですが、周りを感じないで脳がオートマチックにコンビネーションをする、自分のしたいことをしたいという暴走してしまうタイプの人です。俺はそのタイプを躾のなってないバカ犬と呼んでいます。ああこれだからあまりブログを書きたくなかったのです。バカ犬発言で俺は敵を作ってしまうのです。過去にはこれで子供たちに危害を加えようとしてきた人がいましたからね。
では平和的にミロンガという空間を作っていくにはどうしたらいいか。幾つかアイデアがあるのですが、一番はコンビネーションありきのオートマチックさですね。そこに空間を見る感覚と、プランBプランCのいわゆる融通をきかせる、幅を持たせること。
もう一つの最大の危うさはレボテ、跳ね返りの際の後ろに下がる幅がデカ過ぎる。これはホント洗脳されてしまっている人なのか呪いにかかってしまっているのか。ああヤバい、この人の後ろでは踊りたくなかった、というシチュエーションはありますね。そこで一番大切な意識はなんでしょう、それ一緒に踊っている女性を絶対に衝突させないんだ、という守る意思です。思いがけない怪しい運転をする車に普通の感覚があれば、なんかあの車はヤバいんじゃないか、と感じるものなのですがそれと同じですね。絶対に女性を衝突させないで守りながら、自分の神経質さを相手に感じさせず楽しく感じてもらってこそのミロンガなのです。それなのに自分にも原因があるのにキレて、ぶつかっても謝らない、笑顔でコミュニケーションを取らない、そんな男性がいますよね。
これは全員でこの空間を幸せで楽しいものにしようという意識必要なのですが。
俺の場合はブエノスで散々苦労したのがミロンガでの踊り方でした。さて、では何故こうなってしまったのか。それはレッスンに参加してもそこで教わるステップがパフォーマンスのためのカッコいいものばかりだからなので、先生もミロンガではスペースがなかったならそれはすることはダメなんですよ、ってことを教えない。
そこでミロンゲーロスタイルこそが正しい在り方なのだ、と考える人がいます。この考えがまた厄介で、コンクールに出るタイプのタンゴを憎悪する人がいます。その気持ちは分かる、東京のプロはホントムカつく踊りをする奴が沢山いますからね。でもそういうことじらなあんですね。パフォーマンスはパフォーマンス、ミロンガはミロンガ、その区別をする、そしてまた話が膨らみますが、ミロンガは色々なスタイルの人が共に遊ぶ場だということです。自分のスタイルが一番正しいのだ、という思想はちょっと考えた方がいいです。ブエノスには日本の比ではないほどスタイルと派閥もあります。その違う者同士がミロンガで踊るわけですが、その二人は何を楽しんでいるのでしょう。それは一番には二人のアブラッソを構築する作業です。一曲目は互いに探り合います。最終的に噛み合わない部分はあったとしてもそんな中で二人だけの踊りを作ることなのですね、でも残念ながら現状では俺のスタイルはこうなんだから俺と踊りたいのなら俺に合わせろ、という発想の人は多いです。だったら自分の派閥の人とだけ踊っていたらいいので、ミロンガで知らない人と踊らなければいい。なのでこじんまりとしたグループはこじんまりと、最大派閥の人は自分たちが正しい、そんか発想で互いに交わることをしない。ミロンガのマナーも問題なのですが、こっちの方は俺が生きている間に変化が作れるのか余程心配です。
まあ自分も深めて磨いてより楽しんでいきたいし、ついつい今周りにいる人と踊るだけで満足してしまうので、基本的に引きこもり体質なのですが、お互いに寛容であれるように、このスタイルの人と踊るのも面白いなあ、と思っていけるようになれたらな。もっとも俺の場合出来るだけシンプルでいたい方なのでつまらないと思われてしまう場合もあるのでしょうが。
まあ相変わらず楽しいしタンゴが好きな気持ちは変わらないです。もっと深く。あ、そうだアニメで地獄楽っていうのがあるのですが、原作はもう終わってます。その中の登場人物で厳鉄斎というイカついおじさんがいるのですが、彼が剣術を磨く中で師匠から言われた言葉は俺には結構刺さりました。だから深く、なのです。広げるのではなくて深く。よかったら読んでください。YouTubeでタダで観れますよ。
とりあえず今回はここまでです。
お付き合いありがとうございます。
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